Kahiko ROOTS of HAWAII 日本人が愛してやまないハワイの魅力をそのルーツから

青い空と海、
色彩豊かな大自然、
一年を通じて太陽の光がふりそそぐ楽園
「ハワイ」

日本人がハワイを愛してやまないのは、
美しい憧れのリゾート地だから?

それだけではない。
ハワイという土地に根付いた歴史や、文化、
その土地の優しく力強い息づかいが、
私たち日本人の持つ精神性とつながっており、
そこに親しみや愛着を感じる理由がある。

Kahikoには、
華やかで美しいハワイから、
忘れ去られようとしている歴史的ルーツまで、
日本人がこれほどまでに愛してやまない
奥深いハワイの魅力があります。

Histroy1:フラ(カヒコ)

ハワイといえば、フラダンスというイメージが強いが、一般に知られているフラダンスとは現代フラ(アウアナ)のことで、
それとは別に、ポリネシア民族から生まれたフラ=カヒコと呼ばれる
古典的なカヒコ・フラがある。

フラのはじまりは、文字という伝達手段を持たなかったポリネシア民族が、神々の伝説や先祖の話、生活の知恵をメレやオリと呼ばれる歌(詠唱)で表現し、そこに、言葉で伝えきれないものを踊りで表現したことである。
イプと呼ばれるひょうたんやドラムを叩き、イリイリと呼ばれる石のカスタネットや、竹の棒で地面をたたきリズムをとる。

海・山・花・大地・空などの自然、そして神々に感謝し、
愛を込めて捧げる踊りが古典フラ。

冒頭では、厳粛な雰囲気の中、自然の神を崇拝するチャントが唱えられる。
カヒコ・フラは、まさに神事であり日本の神事舞踊と通じるものが多い。

舞踊が多様な自然の神々を崇拝する神事であり、
冒頭でチャントを唱えることや植物を使ったり、
重心を低く動作を進める立ち振る舞いなどがそれである。

Histroy2:ハワイアン・ルネッサンス

ハワイには土地を崇拝し、自然の神々を崇拝してきた文化がある。
ハワイ古来の文化の基盤となっているのは、
大自然に宿るマナ(神聖な力)への敬意であり、
山や森、海を大切にし、自然のリズムと調和して生きることである。
これは、日本の伝統芸能や祭りの考えと似たものがある。

しかし、こうしたハワイの伝統文化は1778年にイギリス人のキャプテン・クックに発見され、西洋文化と接触がはじまると同時に衰退していく。

特に、カヒコ・フラは神前で踊りで、裸に近い形で踊るため、
これを見た西洋人が卑猥であるという理由で禁止する。
こうして、もともと現地にあった文化も西洋人の宣教師によって抑圧されていくのである。

カヒコ・フラは、そんな抑制された古来のハワイ文化を復興する運動(ハワイアン・ルネッサンス)が1970年代にはじまったことにより重要なハワイ文化の象徴として復興されていった。

Histroy3:ハワイへの日本人移民

1881年、ハワイ国王カラワラが来日。
当時のハワイは、ポリネシア系原住民の人口減少と、
アメリカからの軍事基地候補としての圧力に悩まされており、
日本からの移民を受け入れたいという申し出と、
日本との友好関係を築くための王族同士の縁談というのが目的だった。

世界は、まさに白人の支配下であったが、
日本人だけは有色人種でありながら独立を保っていた為、
日本を頼っての申し出であった。

こうして、日本からハワイへ移民がスタートした。
1868年、はじめての移民として153名がハワイへ移り、
1885年には日布移民条約が結ばれ、その後、多数の移民が行われた。
後に全人口の約40%が日本からの移民となるほど大量の日本人はハワイへ渡ったのである。
カラワラ国王の来日から12年後の1893年。
アメリカは、日本政府からの度重なる抗議にも関わらず、
たった150名のアメリカ海兵隊によってハワイを占領し、
1893年にはハワイを併合、カメハメハ王朝はその幕を閉じている。
現在のハワイでは、脈々と移民たちがつむいできた日本の建築や文化を垣間見ることができ、
ハワイと日本の絆を感じる象徴の1つとして花を添えている。